世界遺産タイル|シルクロード・ウズベキスタン陶芸ギャラリー
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イスラム建築の6つの特徴
イスラム建築は預言者ムハマンドの宗教思想を核に、7世紀から19世紀のイスラム文化圏で発展した建築様式です。ユーラシア大陸を帯状に広がり、東アジアからアフリカまで及ぶ建築の一大文明圏を形成しました。イスラム教は宗教であると同時に、法制度を定めた社会構造でもあったので、住宅、商宿、城砦、宮殿といった世俗建築もイスラム建築の中に含まれ、イスラム文化圏にほぼ共通する宗教施設が建てられるようになりました。1400年の伝統を持つイスラム建築は、各時代ごとに多様な建築術が存在しますが、これだけは知っておきたい鑑賞方法として、「ドーム」、「ミナレット」、「イーワーン」、「ミフラーブ」、「ムカルナス」、「アラベスク」の6つの建築要素をご紹介いたします。
ドームが生まれた背景には、気候風土と切り離すことはできません。乾燥地帯では、木材などの長い部材を手に入れるのは難しかったので、建物の大きさが制限されてしまいます。そこで、煉瓦や石を積み上げて、構造的にも安定したドームが生まれるようになったのです。イスラム以前にも乾燥地帯の西アジアで、古代から引き継がれたドームを建物の中に取り込んできました。紀元後のペルシア人は特にドームを好み、キリスト教世界でもドームが使われてきました。
サマルカンド「ビビ・ハヌム・モスク」のドーム
ドームの形態は、アーチや筋交い梁をかませたスキンチ技法がイスラム文化圏における東方、ドームの四隅から球面三角形が立ち上がるペンデンティブ技法が西方という東西の二大技法があります。一見すると同じように見える組積造建築のドームにも、各地域で曲面加構技術に違いがあったのです。
イスラム教におけるドームの起源は、エルサレムにあります。イスラム教第3の聖地に数えられる「岩のドーム」は、預言者ムハマンドが一夜のうちに昇天する旅(天国への旅)を体験した岩場で、7世紀になってそこにドームがかけられました。この八角形の周廊にドームを置いた建物は、後のイスラム建築の原形ともなりました。
ドームとモスクは一対の関係にあるように思えますが、モスクの起源となった預言者ムハマンドのマディーナ家にドームはありませんでした。室内空間に柱を並べた多柱式モスクが最初で、9世紀になってモスクにドームが見られるようになります。
ドームの外側は天国の存在を示すとともに、権威の象徴としてより高く豪華に彩られ、内側はイスラム教の宇宙観を具現化するように幾何学文様で飾りました。
世界各地の宗教建築の塔は、神性または霊性が天空と直結していることを示すためのシンボルであったわけですが、イスラム教にとってのそれは墓塔とミナレットになります。墓塔とミナレットは混同しがちですが、墓塔は被葬者のための建物で、断面が多角形や円形となっていて屋根が設けられています。ミナレットは、モスクに付属し、礼拝時刻の告知(アザーン)を唱えるための塔です。アザーンはムハマンドのマディーナ移住後の623年から導入されました。
ブハラ「カラーン・ミナール」のミナレット
初期のイスラム建築ではキリスト教世界の影響もあって、断面が正方形で直角の階段が設けられた角塔が普及していました。9世紀になると「サーマッラーの大モスク・マラウィーヤ」に見られる螺旋状のミナレットが建てられます。この螺旋階段は、ミナレットの形態が円形になると内部に閉じ込められるようになって、上り下りを分けた二重螺旋階段が出現します。
モスクにドームが造られる以前は多柱式モスクでしたが、そこでのミナレットは唯一、天空に聳え立つシンボリックな建物でした。モスクに付属するミナレットの位置は、メッカの方角(キブラ)へと向かう中軸線の手前に建つことが多いようです。ミナレットのシンボリックな側面は、礼拝時刻の告知という実用性とは次第に離れてゆくことになり、イスラム建築を壮麗に飾るための装飾的要素が強いものとなりました。
イスラム建築のモスクにおけるアラブ風とペルシア風を比較した場合、アラブ風は多柱式モスクに中庭を置いて均等なアーケードが繰り返されています。ペルシア風だと中庭を囲んだアーケードの中央に、対になった巨大な壁面がそそり立っています。これがイーワーンです。紀元前後の古代ペルシアの列柱開放空間が起源で、中世になってドームとセットになったイーワーンがモスクを飾るようになり、後にイスラム建築のスタンダードとして広く普及することになりました。
ブハラ「カラーン・モスク」のイーワーン
イーワーンは、アラベスク文様とクーフィー書体の施釉タイルが散りばめられたモスクのファサードが壮麗さを極めていますが、見せ場はその構造にあります。柱を置かない大空間は内部でも外部でもなく中庭に通じる廊を構成しています。ファサードにはアーチの開口部がとられ、その内側には、ヴォールト天井に覆われた半外部の空間が広がっています。
イーワーンは、アーチの奥に秘められた複雑かつ精緻なヴォールトが、建築術の名人芸として讃えられる重要な要素であるとともに、見る者を3次元空間の幾何学の神秘に誘い、建築に神聖を吹き込みました。
『コーラン』の第2章には「お前の顔を聖なる礼拝堂の方に向けよ。汝ら、何処の地にあろうとも、必ず今言った方角に顔を向けるのだ」と説かれています。イスラム教徒にとって、礼拝時の方角は宗教の拠り所となっていて、1日5回、メッカのカーバ神殿に向かって礼拝を行なっています。このとき、メッカの方角にあわせたキブラ壁に設置された装飾的な窪みがミフラーブになります。通常はモスクの最奥に埋め込まれていて、モスクで最も神聖な空間を作り上げています。
サマルカンド「ティッラカーリー・マドラサ」のミフラーブ
キリスト教会堂におけるアプス、仏教寺院における聖龕にあたるものがミフラーブになります。生前、預言者ムハマンドはマディーナの自宅において、礼拝の方向を示すために槍を立てていました。ムハマンドの死後、壁に線を描いたり壁の前に石を置いたりして、キブラの方向を示していましたが、マディーナの預言者のモスク(ムハマンドの自宅)が再建されたとき、輝石で飾られた壁の窪みが作られたということです。これがミフラーブの起源となりますが、現存する最古のものは、エルサレムの岩のドームの地下にあるミフラーブだと言われています。
イスラム建築においてアーチは多用されていますが、ミフラーブには必要不可欠な構造でした。半円形アーチは幅(スパン)2に対して高さ(ライズ)1という比率があり、人工的曲線が装飾的な美しさとも相まって、イスラム教の神聖を表すのに使われてきました。
モスクのイーワーンやミフラーブといった建物の見せ場には、幻想的かつ驚異的な装飾が見られます。鍾乳石が垂れ下がっている様からスタラクタイト、蜂の巣の天井という意味のハニカム・ヴォールトとも呼ばれますが、イスラム文化圏では、ムカルナスという共通した建築装飾用語で表されます。11世紀以来、西はスペインから東は中央アジアまで広がったムカルナスは、建築を介したイスラム教徒たちの共通認識としての標章であり、美意識として存在しました。
サマルカンド「ティッラカーリー・マドラサ」のムカルナス
一目見ると複雑な構造のムカルナスですが、平面上では正方形や直角二等辺三角形を組み合わせたごく単純な図形から成り立っています。平面をアーチで立ち上げることで立体的な部品となりますが、「花弁状小局面」、「倒立三角形小局面」、「半ヴォールト状小曲面」の3つの曲面と、水平面と垂直面を組み合わせることで、アーチ形の反復が構成されています。
イスラム建築はコンパスと定規で描かれた芸術です。実際の設計の基本は直交座標と極座標が用いられ、図形の反復が神聖を帯びた複雑さと秩序を生み出しています。偶像崇拝が禁じられたイスラム教では、唯一神アラーを象徴する手段として、美術と数学の創造であるアラベスク(幾何学)文様を描いてきました。アラベスクはイスラム的世界観に基づく図形ですが、その原型はユークリッド幾何学であり、プラトンのイデア論の影響を受けていると言われています。
ヒヴァ「タシュ・ハウリ宮殿ハラム」のアラベスク
数学の定理に「宝結びの定理」というものがあります。これは平面または球面上で何本かの閉曲線を描いた図形があるとすれば、それは必ず宝結びにすることができるという数学的事実です。アラベスクは、この宝結びの定理に則った図形で、無限のパターンを構成することができます。
準正四面体(出発点の三角形が鋭角三角形であること)の三角面に線を描いて、それを転がしたときに見られる「四面体転がし」の図形は、アラベスクを作り出します。
正四面体の各三角面上にその三角形の中点を結ぶ線を描くことで、日本人にも馴染み深い「かごめ紋」ができますが、これは折れ線が無限に伸びています。また、四面の三角面の辺に平行な三直線を描いて転がすと、正六辺形の枠が周囲の6個の正六辺形と絡み合う図形ができますが、これは折れ線が有限でもとに帰ります。
【参考図書】
ジョン=D=ボーグ著『図説世界建築史6・イスラム建築』(本の友社)
アンリ=スチールラン著『イスラムの建築文化』(原書房)
深見奈緒子著『イスラーム建築の見かた』(東京堂出版)
伏見康治・安野光雅・中村義作著『美の幾何学』(中公新書)
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