世界遺産タイル|シルクロード・ウズベキスタン陶芸ギャラリー

◇アラベスク装飾イスラム陶器とアンティーク調オーダータイルを直輸入

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文明の十字路に運ばれた秘宝
イスラム陶器とは、ペルシア・メソポタミア・シリア・エジプト・中央アジアなどのイスラム文化圏で作られた陶器のことを指します。広範囲に及ぶイスラム陶器の中でも、とりわけ芸術的評価の高いペルシア陶器は、イラン高原を中心にして、当時のペルシアの政治文化圏にあったメソポタミア(イラク)地方、トランスオクシアナ(ウズベキスタン)地方、コーカサスやアフガニスタンの陶器が含まれています。ペルシアがイスラム化するようになったのは7世紀中期からです。日本では飛鳥、中国では唐の時代でした。そこからイスラム陶器、ひいてはペルシア陶器の歴史が始まります。
白地多彩文字文深皿《アフラシアブ(サマルカンド) 10世紀》
悠久の美を伝えるペルシア陶器の歴史
●ペルシア陶器の様式と年代
@早期陶器 ウマイヤ陶器 7世紀中期〜8世紀中期
A前期陶器 アッバス陶器 8世紀中期〜11世紀中期
B中期陶器 第1期 セルジュク陶器 11世紀後期〜13世紀前期
第2期 イル陶器 13世紀後期〜14世紀末
第3期 ティムール陶器 15世紀
C後期陶器 サファヴィ陶器 16世紀〜18世紀末前期
D近代陶器 19世紀〜現在
ササン朝ペルシア帝国が崩壊してウマイヤ帝国が成立した7世紀中期の早期陶器は、ササン朝ペルシア陶器とビザンチン陶器の伝統を残しながらも、実用向きでわりと地味なものでした。

ペルシア陶器の成立期となったアッバス朝になって、政治経済の中心地がビザンチン文化の影響が残るシリアから、メソポタミアやペルシアへと移ります。

新首都バグダードには富が集まり東西貿易で賑わうと、前期陶器に括られるアッバス陶器も華やか彩られます。幾何学文様の「アラベスク」が描かれるのもこの頃で、中国の唐三彩の影響を受けた「ペルシア三彩」が見られるようになります。

11世紀中期になると、トルコ帝国がうちたてたセルジュク朝は、ペルシアに美術工芸の新風を吹き込みました。製陶は革命的技法によって飛躍的に進化し、デザインの上でもよりエレガントになりました。墓廟建築にはネオ・ロマネスク風の構造が採り入れられ、壁面には技巧を凝らした彩文タイルが使われるようになります。
《アフラシアブ(サマルカンド) 10世紀〜12世紀》

続いてペルシアを支配したのは、13世紀中期のモンゴル帝国でした。イル汗国が建国されると東アジアとのつながりもより深まり、中国陶磁器も流れ込むようになって、ペルシアの製陶もその影響を強く受けることになりました。

14世紀後期になってイル汗国を滅ぼしたのは、中央アジアのティムール帝国です。全西アジアを支配したティムールは、首都をサマルカンドに置いて学問や芸術の発展に力を注ぎ込みました。一方、ペルシアは戦乱によって荒廃し、製陶を含めた文化の衰退を招いて、その地位をサマルカンドに奪われることになります。
白地多彩パルメット文水指《アフラシアブ(サマルカンド) 10世紀》

ペルシアに窯の火が戻るのは、16世紀のサファヴィ朝が成立してからです。首都をイスファハンに置き、隣接するオスマントルコやインドをはじめ、ヨーロッパや東アジアとも交流があったので、陶器にもその影響が色濃く残されています。


ペルシア陶器は、中央アジアを通して文化伝播の道を辿り、ときには東アジアの製陶術を吸収して発展させました。ヨーロッパにおいても、その製陶術は、9世紀のイタリアに伝わり「マジョリカ陶器」を誕生させ、11世紀には「ビザンチン陶器」に生かされます。オランダの「デルフト陶器」、イベリア半島経由で入った「スペイン陶器」などもペルシア陶器が源流となりました。シルクロードのイスラム陶器は、ユーラシア大陸の東西の文化が結晶化された美しさを内に秘めているのです。

《アフラシアブ(サマルカンド) 10世紀》 《アフラシアブ(サマルカンド) 11世紀》
《アフラシアブ(サマルカンド) 10世紀》 《アフラシアブ(サマルカンド) 10世紀》
《アフラシアブ(サマルカンド) 10世紀〜12世紀》
《アフラシアブ(サマルカンド) 10世紀》

【参考図書】三上次男著『陶器講座第10巻ペルシア・エジプト・トルコ』(雄山閣出版)
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