世界遺産タイル|シルクロード・ウズベキスタン陶芸ギャラリー

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旅の果てにたどり着くオアシス
17世紀にトルクメニスタン北東部にあったホラズムの首都ウルゲンチ、通称クフナ・ウルゲンチが、アムダリア川の流路の変化により遷都され、現在のヒヴァが建設されました。しかし、もともとホラズム語と呼ばれる東方イラン語を話すアーリア人が住んでいた場所で、6世紀には町ができていました。煉瓦の城壁や金曜モスクは、すでに10世紀には建設されていたといわれ、遷都の際に、クフナ・ウルゲンチの都市機能から住民までをそっくり移したので、往時の活況をそのままにしました。城壁内には50以上の歴史的建造物と250以上の民家が残されています。
キョフネ・アルクのキルニッシュ・ハナに見られる壁面装飾
贅を尽くした城、イチャン・カラ
ヒヴァの都市構造は、強固な2重の城壁で囲まれています。外壁は周囲6キロ、内壁は周囲2.2キロで、外壁に囲まれた地域を「ドゥシャンカラ」、内壁に囲まれた地域を「イチャン・カラ」と呼びます。イチャン・カラの城壁は高さが10メートルもあり、30メートル間隔で見張り台を置きました。というのも、遊牧民の侵入があり、18世紀中期にはトルクメンの侵攻が頻発しました。それを平定したのが、コンギラト部族のムハマンド・アミーンで、政治的安定を回復したヒヴァは都市の繁栄をもたらします。

遊牧民の侵入を防ぐため、強固に造られた日干し煉瓦の城壁とアタ門
18世紀後期にはロシアとの交易も盛んになり、流れ込んだ富を惜しみなく使って絢爛豪華な建物を建設しました。狭い空間のイチャン・カラには建物が密集することになり、現在の歴史的景観を生み出すことになったのです。
アルゴリズムの語源となったホラズムの数学者
アタ門の脇にひときわ目を引く銅像が置かれています。9世紀のホラズムで生まれた数学者にして、天文学者、地理学者であるアル・フワーリズミー(ホラズミー)です。アッバース朝の「知恵の館」で働いていたことが知られ、多くの学術的な著作を残しました。フワーリズミーの最も重要な著作『代数学』は、インドの計算手法に立脚するものでした。これは、中央アジアが西アジアとインドの学問の仲介的存在であっことを示しているともいいます。翻訳本はヨーロッパに広まり、その後500年にわたって各国の大学で数学の主要な教科書となりました。計算を解くための効率手順を意味する「アルゴリズム」や「オーグリム」という言葉は、著作の冒頭に書かれた「アル・フワーリズミー曰く」に由来しています。
天文や地理でも大きな功績を残した
未完の美学、カルタ・ミナール

構造的にも優れていた緩やかな円錐形
カルタ・ミナールはヒヴァのシンボル的な建物です。ミナールとは、イスラム教の信者に礼拝時刻を知らせるための塔ですが、時の権力者の権威を示す建物でもありました。当初、中央アジア最大の高さを目指して建てられましたが、ハーンの死によって26メートルの高さに止まることになります。

他に見られない独特の施釉煉瓦

ムハマンド・アミンのマドラサとミナール
キャラバンサライの跡、アッラークリ・ハーン
アッラークリ・ハーンは「キャラバンサライ」、「ティム」、「マドラサ」の3つの建物が連なっています。アッラークリ・ハーンの命によって造られた建物群のマドラサは、ヒヴァで第2の規模を持っています。現在、キャラバンサライ跡は一般庶民向けの賑やかな市場になっていますが、建物はほぼ完全な形で残されています。

アッラークリ・ハーンのティム

アーチの天井を見上げると美しい青で飾られている
木造のイスラム建築、金曜モスク (ジェマ・モスク)

生命の樹をイメージさせられる木柱
金曜モスクの内部には、アイワーンと呼ばれる細かな装飾を施したた木柱が林立しています。その数は212本で、その中の4本は10世紀前後に造られたホラズム地方最古の木彫です。中央アジアの建築では扉や窓、テラスの柱が木のものを見かけますが、砂漠地帯では大変贅沢な建築材料でした。
日本の社寺仏閣の中にいるような荘厳な雰囲気
ミナレットからヒヴァを鳥瞰する

金曜モスクのミナレット
ヒヴァで入場可能なミナレットは2つで、金曜モスクのミナレットと、イスラーム・ホジャのミナレットです。最上階から鳥瞰すると、地平線の奥までが砂の町が続き、大地を点描するような青いタイルが目に映ります。ヒヴァの語源はキャラバン隊商が喉を潤した「ヘイワク」という泉に由来しているのです。

パフラヴァーン・マフムード廟

アッラークリ・ハーンのティム
ハーン謁見の間、キョフネ・アルク
ハーンの玉座は小部屋の一角
キョフネ・アルクは、古い時代に使われた宮殿です。ハーンの居住スペースや、側室や召使の部屋が併設されています。キルニッシュ・ハナは謁見の間である一方、即席裁判の場としても使われました。右の扉から出るように命ぜられたら死刑、左の扉は無罪、中央の扉は牢獄行きだったそうです。
キルニッシュ・ハナ
客人用のテントを立てた台座
ヒヴァの建築のディテールについては、「世界遺産タイルの家を建てる」のページをご覧ください。
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